今も十分一人で川原で時間を有意義に過ごせそう

2009年12月14日 21:31

今回は、作業ではない穏やかな一日の報告です。


晩秋の週末、今日も天気が良く風が無い。
そう今日は、絶好の「焚き火日和」。

幼い頃より、火が好きで、「あんたは将来火事を出す」などと冗談まじりにいわれたくらい、好奇心旺盛な幼少期だった。
ひどいときには、塗料用のバケツに落ち葉を入れこっそりと焚き火をしていたら、付着していたペンキに引火し、一瞬で炎が小学校当時の背丈をはるかに越え、あわててバケツをけり倒しまくった思い出もある。
また、川原でつくった秘密基地での焚き火が原因で通報されたこともあった。

なんにせよ、火が好きなのは、いまだに直らないし、直すつもりも無い。

幸い、火事を出すこともいまだにない。



そんなこんなでいまだに、火をつけるとなるとわくわくするのである。
もちろん、大人の常識内での着火ですが。


今日は、今まで解体で出た廃材の処分をかねた、あくまで「芋焼き」である。
最近、法令などが厳格化しており、目的が無いとおちおち、火を楽しむこともままならない。
安全性の追求なのか、迷惑防止なのか、いずれにせよ。
ゆっくりと火を楽しむ機会を制限するのは、あまり賛成できない。


さて、私たちは朝から「おむすび」を持ち「ジャガイモ」を包み、廃材を軽トラに積んだ。
まずは、ゆっくりと土手を軽トラで流し、場所を物色。

静かで川のそばがいい。
地元、白石には「白石川」という蔵王を水源とする川がある。
私が小さい頃には、上流まで行き、泳いで下って来たほどの川である。
今、あらためてみると、私が小さかったのか、水源が減ったのか。
なんとも、牙を抜かれた穏やかな流れが目に入ってくる。

場所が決まれば、すぐに、荷を降ろす。

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そして、待ちにまった着火である。
ボーイスカウトである私は、火のつけ方に若干の自信と流儀がある。
ここではそれについて語ると長くなるので、触れませんが、
風の入り口と出口と組み方の方法といった感じです。

火はあっという間に、乾燥した廃材を飲み込みます。
きれいな色とぱちぱちというアンビエントの心地よい空間。

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時より、はじける石にビビリながら、火が弱まったところで、目的?である「ジャガイモ」を投入。

水分が飛ぶ音を聞きながら、しばし、写真撮影。

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川の中にある大きな石にあてる遊びを思い出し、しばし熱中。
小さいときにお弁当をもって朝から川原でひとりでいろいろな遊びをしていたことが思い出されます。

切ないけど、今も十分一人で川原で時間を有意義に過ごせそうです。


日もかげり、こちらの火もかげってきた頃、いよいよ「ジャガイモ」を食す時がきました。
塩を振り、ホクホクをほおばる。
多少のこげは愛嬌。

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このおいしさはこの流れでのみ味合うことが出来るもの、こげや多少の硬い部分もおいしさの一部です。

肌寒さが感じられる夕方、いよいよ役目を終えた火が最後の美しさを見せてくれます。


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穏やかな週末、普段味わえない川原の味、そして何より、火の変化のきれいなこと。
あらためて実感しました。

いつか、暖炉を持ちたいと心に誓い家路に着きます。


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