物資の動脈硬化

2011年04月18日 18:53






こちら白石も桜がほぼ満開になりました。
どんな状況でも自然は自然なんですね。

つい1ヶ月前の、そして今も続く余震。
これもまた自然!


地球という尺から考えれば、わずかな寸暇を生きる人間のあたふたなど、なんともないのでしょうね。
さみしいが、それに固執すると人間のエゴになるので、割り切っていきましょう。


さて、先週、ある程度まとまった物資を山元町と亘理町に直接搬入してきましたので御報告します。


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まだまだ緊張感がある現場



正直、白石にいると震災の緊張感は余震があったり、放射線量などを見たときくらいで、いわゆる被災地のそれはないに等しい状況です。
もちろん、町のいたるところに地震の爪あとや、スーパー、コンビ二の物資不足が残る現実ではありますが!


そんな中での搬入!

●山元町

山元町では、連絡を取っている教育長に直接物資を渡し、やはりまだ物資不足の状況が続いている現状を嘆いておられました。こちらではまだ学校は始まっていないのですが、来週にもなんとか再開をしたいとのことでした。

それまでに、また物資を持ってくる約束をしました。

役場の中は相変わらず、自衛隊やらボランティアスタッフやら、職員やらであたふたしています。

しかし、前より良くなった点は、少しずつ春めいた日柄のせいか火を焚いている光景をあまり見なかったことでしょうか!こちら宮城は乾燥が続いております。そんな中、暖をとるための火元からの出火など二次災害が心配されていましたから、これは少し安心材料!


●亘理町

一方、亘理町では、支援物資受付センターなるものがございまして、そこに直接お渡ししてきました。次回はノートのみでいいとのことでした。こういったことも着てみないとわからないこと。こちらが、必要と思って持って行っても、迷惑になるんですよね。ほんとエゴと紙一重。でも、そんなことでがっかりしたり、腹を立てたりしてたら、ボランティアではないと考えています。あくまで、無償で困難な人に手を貸せれるか、それしかないんですよね。きっと。にわか、ボランティア論ですが!


物資が動脈硬化



山元町、亘理町でも言われたのが、現在一般の方からの物資支援は受け付けていないとのこと。私は、4月初旬に、ある程度まとまった量の物資を届けることを約束をしていましたので、支援者リストに入っていたため、今回スムーズな支援が出来ました。
この文章を読んで?と思った方がおられると思いますので、簡単に説明しますと、現在大口の支援物資窓口がほぼパンク状態です。分別がされているかも何が入っているかもわからない物資(ダンボール)が県や大きな市には大量に着ているのです。しかし、現在その物資の仕分け作業にボランティアを含めかなりの人員が使われています。当然そんな状況ですから、分別のされた物資(数量や種類のリスト)やニーズがはっきりした的をしぼった物資しか受け付けられないというわけです。被災地以外の方々からすると「やきもき」するかもしれませんが、今、非常に非効率な状態であり、これも現実です。しかしこのことからもわかるように、闇雲に支援物資を供給するだけでは決して解決はしません。支援する側も受け取る側も、お互いが相手の立場にたった行動もしくは十分な喚起をし、より簡素なシステムを構築しなければ成り立ちません。この非常時に神業的な仕事となりますが!

今、避難者に何が必要になっているか、被災地からわずか10数キロしか離れていない白石にも届いてきません。

なので、僕が自分で集めた情報で今回、継続的に必要だと感じた物資、文房具に的を絞ったしだいです。(下着などや長靴なんかも支援物資に載せましたが)

ほんとに、物資が大量にあるだけに、在庫管理が出来れば、必要な物資はきっと第3段階に入ってくると思うのです。それは、僕が思うには、仮設住宅や転居先もしくは現在の家に直してでも住もうとする時に必要になってくる物資(家電、調理器具、調味料、生活雑貨全般など)や余暇を楽しむ物資や化粧品の類などなど。
できるだけこの場でも、現場の情報わかり次第載せたいと思いますが、どうしても、援助物資をこのブログという個人的なツールでお願いしますと、タイムラグが生まれてしまいます。
僕自身、歯がゆい気持ちですが、物資の動脈硬化が解消される動きも出て来ていますので様子を見たいと思います。

因みに私が感心している活動サイト御紹介します。



●絵本プロジェクトいわて

●TwitterIDだけで支援者と支援が必要な人々を マッチングするサービスです。本当の助けをこれからも。

●被災地支援チーム「SAVE IWATE」


この他にもたくさんあったのですが、それぞれの判断で支援物資の募集を辞めていたり、支援を休止しているようです。地元の企業や団体が多かったのですが、彼らもまた被災者、そしてこれからの生活があります。ライフラインが整いつつある今、外部団体やボランティア精神で集まってきている方々がたくさんおられるようなので、バトンタッチといった所かもしれません。

とりあえず、お疲れ様!



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今回の支援物資リスト


避難所フィリピンパブ !

2011年04月15日 19:24



先週の日曜日、石巻の知り合いのボランティアと支援物資の搬入に行って来ました。
以前の勤めていた会社の関係の人で、石巻の港の側に自宅と工場(木工)があります。

正確にはありましたと言ったほうがいいのかもしれません。


朝、8時に元同僚の家に向かいそのまま2台で石巻へ!
道は意外とすいている印象でしたが、途中立ち寄ったコンビ二は、窓が割れており、ガムテープがしてありました。張り紙には「昨日、ドアをこじ開けようとした者がおり、現在捜査中」沿岸地域からも近い地域、やはり背に腹は変えられないのでしょうか?それとも、それを装った者の反抗か?

いずれにせよ。犯罪は犯罪。

厳に慎みたいもの!



現場に到着


石巻に入ると、徐々にドブの臭いなのか、いろいろなものの腐敗なのか、とにかく、あまり嗅いだことのないにおいがします。
待ち合わせの場所に行くまでの道は、それほど土砂はなく、すでに片付けられている様子。
しかし、沿岸地域に入ったとたん、状況は一変しました。
途中、被災された知り合いをピックアップし、現場の住宅に向かうも、道に土砂や家財があふれ下にはまだまだヘドロがある状態です。
ハンドルを取られながらの車の運転はほんと緊張します。道の狭さにつけ、それをさらに狭める障害物の多さに、冷や汗。
十字路に指しかかったところで同乗の知り合いに「注意して」と言われるもあまり意味がわからない。
そして、どすん!あえなく脱輪!
そう、側溝にふたがないのです。
側溝に津波が入り、いとも簡単に何十キロもあるコンクリートの蓋が流れたのだそうです。
慌てていると、周りの廃墟のような家から続々と住民が出てきてくれて、車を押したり引いたり。
手伝いに来てるのになんだこの状況はと、恥ずかしい気持ちでいっぱいになりました。それでも、ただただアクセルを吹かすことしかできません!そしてなんとか脱出、みなさんにお礼を伝え、現場に着いたときには早くも疲れが。


そしてまた唖然!



家の前には流された車が何台も、そして、玄関の前には墓石があるんです。
とりあえず、「座って」と、青空の下、テーブルとソファが置かれた場所で休憩。
それ以外の庭は土砂やヘドロまみれの家財で埋め尽くされています。

しかし、気丈と言ったら無神経かもしれませんが、ほんとに戦っているはずのその方がとにかくやさしいんです。街の状況や津波のきた様子など、まるで、普段のたわいもないことを話すように、つらつらとでてくるのです。正直、身構えていた自分がなんだか滑稽に、小さく見えるのです。

作業はというとただただ、家にある家財類を表の道路に投げること、なんとも単純なのですが、こんな複雑な気持ちはありません。人の財産、思い出をただ捨てる。痛む心を通り過ぎて、心臓がばくばくいうのです。茶碗や本、賞状など!しかし、彼はたんたんと投げる。時たま、どろどろのジャケットなんてあると「これは被災者用の正装だわ。避難所でそろそろ、避難所ラブが生まれて、結婚式でもやるとき、これ着ていくわ。靴もあるといいなー!」なんて言うんです。そんでまた、靴が出てきて、一笑い。ハンガーにかけてしばらく飾ってあるんです。でもしばらくするとそれは、もうなくて、道にどろどろの家財といっしょに捨ててある。

何も言葉が出ない。ただ見てみぬふり。それが精一杯!

昼に指しかかった頃、自衛隊がその家のすぐ脇で遺体を収容していきました。
それにも、彼ら住民はいたって普通。
腐敗がひどく判別は不可能に近いのだそうです。


もうとっくに涙なんて枯れたわ。と。


決してこんな状況が普通であってはいけないのですが、人間は対応していくのです。
そんな光景を目の当たりにして、あらためて人間の生命力を感じました。


帰り道、離れ行く浜の臭いを感じながら、思ったこと。
彼が強いのではなく、あまりに絶大な自然の力の前に何を抵抗しても無駄だと悟ったことで、諦めにもにた生きる術が彼らにはあるのではないだろうか?とうつらうつらと考えました。

そんなことを考えても何の足しにもならないことはわかっています。

彼に言わせたら、そんな自分の気持ちを納める言葉を考える暇があるなら、手を動かせと言われそうです。

一生、この心の動揺ややり場のない気持ち忘れることはないでしょう。


避難所フィリピンパブ



最後に、冗談なのかほんとなのか彼はほのぼのした話をしてくれました。

避難所でのお隣さんが、フィリピンパブのおねえちゃんで、最初はお互い警戒していたのが次第に言葉を交わすようになり、この間は、避難所の体育館でそのおねえちゃんの敷地で簡易のフィリピンパブが行われたそうです。もちろん、お酒は支援物資に入ってきたもので、暗いから化粧も無しで服もジャージ、でも楽しかったー!って。

警戒していた心がこんなにも、打ち解けるなんて、こんなことがなかったら絶対わからなかったって。
復興したら、そのおねえちゃんの店で宴会するんだと、満面の笑み!

想像するだけで楽しそう!


物資は生もの

2011年04月06日 11:28

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「生きてるだけでよかった」とは言えない現実 でもそれしか言葉が思い浮かばない



今回、支援要請のブログ見ていただいたみなさんやその友人からあたたかい御支援の輪を感じることが出来ました。

ほんとうにありがとうございました。



ただ今回、いろいろな情報が錯綜している中、誤解や戸惑いを感じた方がたくさんおられたと思います。

あらためて、情報を発信することへの責任と情報のスピードの早さ、正確さの重要性を実感しました。

特に今回は歴史的にも稀にみる大規模震災のため、日本人として、人としての連帯感のようなものが僕らを突き動かしたのではないでしょうか。

結果としては、少しずつ集まりだした物資を整理し、被災地で受け取りやすい状態で必要としているときに渡す予定でおります。



先日、記事にもしましたとおり、人づてに聞いた情報で右往左往していては情報を発信できないと思い、今週 月曜日夕方、被災地域、宮城県亘理町山元町に直接物資を持っていきながら、現場の状況を見てきましたので、レポートします。しかし、この情報も個人の情報としてお受け取りいただきたいと思います。人それぞれ感じ方や見方が違います。また、状況は刻々と変わっているのが実情です。



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とりあえず、必要と聞いていた瓦礫除去用の道具を積んでいきました。



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亘理町の物資受付センターにて。物資が偏っているとのこと



●山元町役場にて


役場に物資受付センターがあり、私が伺った際には、物資の状況を物資担当の教育長自ら説明していただきました。
現地では、生活物資はほぼいきわたっており、継続的に消費していく下着類や食料品などが不足している状況とのことでした。そしてやはり学童用品も県や国より配給がいずれくるのだろうけど、いつかはわからない上、それを要請する手段はないようです。

そこで、今回の私の動きを伝えたところ、「是非支援してください。」とのことでした。
中央から下りて来る物資は限りがあるため、永続的にノートや鉛筆、消しゴムは必要なモノで、必ず子供たちに渡すと握手!



●亘理町物資受付センターにて


伺った時は、物資が山積み状態だったのですが、スタッフに確認したところ、やはり学童用品はランドセル以外は支援していただけるなら是非とのこと、ただ、中央から降りてくる物資にいつ学童用品が入ってくるかわからないので、連絡を取り合いながらの搬入ということになりました。


今後は、この2つの町を中心に連絡を取り合いながら、支援していく予定です。



現場をみて感じたのは、人づてに回っている情報には責任は持てないということです。
ただ、現場で必要だからといって、私がブログで支援を闇雲に要請することもまた違うのかなとの疑問も持ちました。
こんな状況下では、正直何が最善なのかはわかりません。

声がけしたことで、多くの人が動いてくれて、僕が物資を届け、それを喜んで使ってもらえる場所があるということだけです。

でもそこには、もしかすると、善意と並んでエゴが隣に座っているのかもしれません。(これは、私の行動のことです)


ただ、今回のことで、ボランティアについて考えるきっかけになったのは確かです。



※、本日4月6日(水)AM9:00 山元町の教育長より電話が入り、いろいろと支援物資のリクエストをいただきました。しかし、正直ブログでの掲載は迷っております。状況が刻々と変わる中、「物資は生もの」必要な時に必要な数がそろわないと、意味がないのです。
地元での活動にすれば、タイムラグが少なく、早急に集められるとも思います。とりあえずは、様子を見ることとします。ただ、動かないことで後悔はしたくありません。

支援物資情報 「文具が足らない」の一時停止!

2011年04月04日 11:02



おはようございます。
ワタナベケイタです。

先日は、文具が足らないというとことで、みなさんに御連絡申し上げましたが、この度、我が家に物資がだいぶ送られてくる見通しとなりましたので、いったん、停止させていただきます。
こちらで、仕分けし、把握することをまずは第一優先とさせていただきたいと思います。内容リストを作り、ダンボールなどにつけての搬入を考えています。


そして今朝ほど連絡が入りまして、現在、県では想定していた場所以外のところに大量に救急支援物資が集まっていることがわかりました。しかしそこにたまっている物資のほとんどは何が入っているか不明のため、まずは、その分別が必要ということ。

事前に、地元の市役所や仙台の行政に確認した段階では明確な答えがなく、大手ボランティアのYMCAに確認した際も、三陸、石巻方面に的を絞った物資の供給しか行っていないということで、この「声がけ」をした経緯ではあります。しかし、ある程度はそういったことを想定して、長期的に必要な物資としてお願いはしてきたつもりです。
歯がゆい思いがありますが、今回いったん物資の支援を停止とすることがベストと考えました。
今回皆さんに送っていただいた、文具や下着、靴類はこれからの長い避難所生活で必要になるものなので、必ず使われるものとなりますので、無駄にはなりません。責任もって、避難所やボランティアスタッフと連携しながら、組織では目が届きにくい小さな避難所への支援など検討していきたいと思っています

情報が錯綜していることで、あらためてボランティアの難しさを痛感しているところです。

情報を広めていただいた方々には御足労おかけしましたが、現在お声がけいただいている物資まででいったん集めていただいて送っていただければ幸いです。※仙台の方は、YMCAもあり、近くて便利なようです。こちらもお手数ですが、御確認の上、持って行ってもらえればと思います。TEL:022-222-7533

今回はほんとうに、ご協力ありがとうございました。

今後も物資の行方を踏まえ、ボランティアのあり方と震災地での物資の現状などの記事にしていくつもりです。



感謝と謝罪

2011年04月03日 23:47


先日の記事が非常に反響ありました。

本当にありがとうございます。

さっそく今日も荷物が届き、会社の2階スペースを急遽、物資仕分けとストックルームとしました。

これから、ぞくぞくと届く予定ですので、仕事の合間を縫って、こまめに在庫管理と整理分別していきます。




現在、避難所では物資が届いたとしても、その中身が明確に把握できない場合、山積みにされてしまう場合があるようなのです。

結局管理する側としては、モノをまくのではなく、配給し、何がどのくらい必要かを把握する必要があるからです。

それをくみとったスタッフが僕らのような人間に、必要なものを伝えるという流れなのです。

ダンボールなどに入っているものを書き、現場ですぐに何が何個入ってきたがわかるようにストレスフリーにしてあげることも僕らの役目だと思っています。


子供が泣いているとき、暇をもてあましているときにそんな僕らの荷物から、鉛筆やノートを出して、絵をかいたりしてもらえたら、それはとても意味のあることだと思います。

とりあえずの今週中に、現場を生で見てきて、どのくらいのモノが必要で、行政や大手ボランティア団体の物資の視点を鑑みた上で、僕らの役目が必要か判断し、皆さんにまたお願いをすることがあるかもしれません。


どうかその時はまた、御支援いただけたら幸いです。


できれば、そのような必要性がない状況になっていることを願います。




:お詫び


先日の記事にて、少し興奮冷めやらぬ書き方になってしまったこと、行政スタッフにお詫びします。

一所懸命働いて、市民やその他の避難民に気を配っている方々がいる中ひとくくりにしてしまいました。

特に、行政関係者からの指摘があったわけではもちろんないのですが、自分として、言い過ぎたと思って反省しています。




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